連載4 「微笑みの瞑想」

連載4 「微笑みの瞑想」

「微笑みの瞑想」

施術を教えてという要望に何度も応えてきて、いくつか思うことがあります。
最初から技術は上手くなるはずもなく、みんな手順を覚えるのに必死になって、本来の目的を忘れてしまいがちだということです。

眉間にはシワがより、間違ったことをしてしまった時にはアワワとパニックになり、ますます肩に力が入ります。本来なら、前にいるこの人を“癒す”ことで良いわけですから、手順を忘れてしまっても、心を落ち着かせれば、何かしら癒しの言葉をかけるなり、やさしく触れておくなどの行動になるでしょう。

施術に限らず、生きていると、そんな風に「本来の目的」を忘れてしまうことが多々あります。個人的にも社会的にも同じことが言えます。

家族の中で、家族が笑える豊かな時間を作ろうと、1泊の旅行を計画します。ところが、子供がなかなか出かける準備をしないので、家を出る時間が遅れてしまいました。計画が上手く進まないことに苛立った親は、いつまでも子を叱ります。そしてその旅では、怒られた子供はずっとぐずったまま、家族の会話も空を見ることもなく、笑うことなく時間は過ぎていくことになるのです。

道徳規範や理想は行き過ぎると、時にマイナスになります。人生を楽しくさせる様々なことがこの世界には満ち溢れています。“ちゃんと”しなければならない考えは、いわゆる“頑固に固執した”頭になって、世の中に溢れている“美しいもの”を見過ごしてしまうのです。
計画通りにならないこと、失敗することのほうが、新しい自分を発見できるチャンスでもあるのです。

私は、今、自分の主催する施術者をつくる合宿では、微笑みの瞑想の時間を作っています。これは、ティクナット・ハンというお坊さんの素敵な言葉です。
『息をして、私は静か 息をして、私は微笑む 今ここにあることがわたしのしあわせ』
呼吸の瞑想です。

慌てたときに、 「一息入れるとエエよ、それからニコっとするんやで」と、よく祖父に言われたことを思い出します。

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