食アドバイザー 田口三江子が語る気づき発見コラム 常食への旅
No.2:直感 ~自然と培われた私のスタイル~
味にうるさかった父に、恐る恐る作ったサラダをおいしいと食べてもらった小学校3年生の時の強烈な記憶から、私は母の手伝いをしながら料理を覚えていきました。
4年生の頃、友達の家に遊びに行くと、お母さんが旅行でいないと聞き、おせっかいにも冷蔵庫にあった材料で「炒り豆腐」を作って帰ったのです。
母が後からそれを知って驚き、迷惑だったのではと気をもんだようですが、皆喜んで食べてくれたと聞いて一安心でした。
家族以外の人にはじめて喜んでいただいた経験です。
気管支炎持ちで体が弱かった私は、小学校高学年になると、思春期の体の変化なのか母が作ってくれる肉料理を受け付けなくなり、「生意気だ」と叱られながらも、野菜たっぷりの雑炊を作って食べるようになりました。おこずかいを貯め、近所のスーパーで気になるハーブを買い、雑炊に入れて食べると、不思議と体が楽になりました。今思えば、あれはオレガノ。
オレガノは、古代から気管支炎等に、薬草として利用されていました。神経過敏を抑えてくれる働きもあり、多感で体の変化が辛かった当時、そうとは知らずに直感的に選んだオレガノに助けてもらっていたのです。食べ物が人の体に影響することに気づいたのはこの頃でした。
思い返すと「人に喜んでもらいたい」「自分の体が欲する食材を選ぶ」「常識ではなく自分の感覚を信じる」というような今の私の料理作りの根底に流れるものは、こうして子供時代に自然と培われていたのかもしれません。
18歳の時、当時なにかの雑誌に載っていたおばあちゃんの作り方をみて、直感的にコレ!と思って参考にし、オリジナルで作った「肉じゃが」は、たまたま縁のあった東京・池袋の「カフェバーブッチ」で、当時斬新だった大皿ランチとして人気を博し、閑古鳥の鳴く店がいっきに行列のできる繁盛店になる体験をさせていただきました。
私の中の永遠のヒット作として今なお作り続けている味です。