「佳きこと、菊の花」
こんにちは、お元気でいらっしゃいますか?
「何で私が・・・?」東久邇宮文化褒賞 受賞の栄誉を賜わりました。
今年も残すところあとわずか。あっという間に師走の12月になりました。
2023年、皆様はいかがでしたでしょうか?
私個人としては、年の締めくくりに際して、とても嬉しいことがありました。
11月3日の文化の日に、なんと、かつては大衆のノーベル賞とも呼ばれた東久邇宮(ひがしくにのみや)文化褒賞を受賞する栄誉を賜わったのです。
「何で私が・・・?」
青天の霹靂ともいえるこの受賞は、友人で元厚生省の官僚でもあられた唐川照史さんが、今年からその賞の推薦人のお一人になられ、ぜひ私をと推薦してくださったことが発端でした。
2023年11月3日 東久邇宮文化褒賞授賞式にて妻(左)と
因みに、この賞の創設者の故東久邇宮盛厚(もりひろ)殿下は、昭和天皇の娘婿であらせられ、終戦後の日本経済を建て直すには、叡智に優れた市井の国民が様々な発明・発見をして、世の中に革新、創造を起こして文化や産業を元気にしていかないといけないという想いがおありでした。
「発明・発見には上下の別はない。ノーベル賞を100とるよりも国民一人一人の小発明が大切だ。旨いミソ汁を考えた人には文化勲章を与える。我が家の名と財産を使って良いから、文化の発展に尽くした人に皇族賞を出して顕彰して欲しい」
そういった願いや理念から創設されたこの賞は、高松宮賞や秩父宮賞と共に三大宮様賞として親しまれていきました。
歴代受賞の中には、アンテナの発明者の八木秀治博士、ロケット研究者の糸川英夫氏などの研究者やユーモア発明の柳谷金五楼といった文化人。
財界人では、澁澤栄一翁のご子息の澁澤秀雄氏やトヨタ自動車社長の豊田喜一郎氏。
政界では、総理大臣として三木武夫氏や中曽根康弘氏、東京都知事の青島幸男氏など、有名無名の方々が受賞されてきました。
そして、近年ではもっと一般大衆の中から、発明・発見に限らず善事家の方々や様々な分野で社会に貢献・寄与した方々にこの賞が授けられるようになってきました。
そんな背景もある中で、唐川さんが私を推薦してくださったようですが、彼が私を推薦してくださった理由を私なりに伺ってみると、お恥ずかしながらこんな感じでした。
「34年の長きに渡り、個性的かつ魅力的な会社を経営されてこられ、社員やお客様、取引先の幸福や安心、成長に寄与してこられたこと。
そのままでは人に知られない、活用されづらいユニークな商品を数多く世に広め、社会に新しい価値観や文化を創造し、人や動物の健やかで幸せな生活に大いに貢献・寄与されてこられたこと。
また、それらは、自然の叡智や真理、法則、素材などを大切にし、生かそうとされた発明・発見の才のある作り手、生産者を世に知らしめる社会的な啓蒙活動としても評価に価するものであり、共存共栄や調和を重んじる日本の文化にも深く貢献、評価されるものであること。
さらに、様々な分野で先進的かつ知才に溢れた個性豊かな方々を繋げ、創発させて、社会的にも新しい価値の創造や変化を促す触媒的な役割を果たしてこられたのも、新たな社会、文化の創造という意味からも評価に価するものであること。」
これは私個人のものではなく、すべての方々の代表としていただくものだとつくづく思いました。
穴があったら入りたいくらいの褒め過ぎの内容ですが、唐川さん曰く、
「ガッツさんは、 今お伝えしたようなことを長年思われ、それを素晴らしい直感力や行動力、調整力を発揮されながら、地道に実現されてこられたことが、本当に凄いんですよ!」
そんな有難過ぎるお話を聞かせてもらいながら頭の中をよぎったのは、もしこういった有り得ない褒賞を賜れるとしたら、これは私個人のものではなく、産んでくれた両親、兄弟、世話になった親戚、ご先祖様、苦楽を共にしてきた嫁さんや娘や義父母などなど。
そして今も昔も会社を愛し、支えてくれているスタッフ(OB、OGも含め)のみんな。
同じく過去も現在もずっと応援、支持、ご愛顧してきてくださっているお客様や取引先の方、すべての方々の代表としていただくものだとつくづく思いました。
62才の私が今日あるのも、すべてそういった方々とのご縁や導きがあってのこと。なければ今の私はありません。
そう思えたので、唐川さんには、本当に私でよろしければ、慎んで文化の日の褒賞の栄誉に預かりますとお伝えさせていただきました
ご縁の素晴らしさ、不思議さ。あれから30年。再び栄誉を賜わるとは。
実は、このお話には不思議なご緑を感じました。
私が起業してしばらく経った平成5年の6月に、現天皇陛下のご成婚の儀がありました。
その際に仕事関係のある人を介して、前述の東久邇宮盛厚殿下のご夫人であられた東久邇宮佳子(よしこ)様を、ご成婚の儀の当日に皇居までお車で護送させていただくという有り得ない大役を賜わりました。
その時も「何で私が・・・?」という晴天の霹靂でしたが、その大役を無事に果たすことができました。
それは世紀の一大イベントで、私は緊張とストレスでいっぱいいっぱいでしたが、終わってみれば本当に晴れやかな気持ちになりました。
佳子様からその時のお礼として、皇室御用達の金平糖と色紙を賜りました。
その色紙には、“佳きこと、菊の花”という筆文字で達筆なメッセージがしたためられていました。
華やかさと気品を醸し出されながらもユーモアと明るさ、気遣いを忘れない佳子様のお姿やお振舞いには本当に感動し、皇族の方ながらもとても親近感を感じました。
1993年6月9日 天皇・皇后両陛下ご成婚の日。東久邇宮佳子様(左)と
あれから約30年ぶりに、その佳子様が名誉顧問になられている東久邇宮文化褒賞の栄誉を賜わることになるとは、夢にも思っていませんでした。
その一連のお話を唐川さんにお伝えしたら、本当に感動されて、ご縁の素晴らしさ、不思議さを喜んでくれました。
実は11月3日は母親の86才になる誕生日で、褒賞の喜びを電話で伝えると、「もう何よりもの誕生日プレゼントや。長生きしてきて良かったわ。ありがとう。褒賞おめでとうね。亡くなったお父さんや義理のお母さんも喜んではるわ」という嬉しい声が耳に響き渡りました。
まさに“佳きこと、菊(聴く)の花”でした。
そんなこんなで今年一年は、終わり良ければすべて良しの年になりました。
本当に今年一年ありがとうございました。
来たる新年も、佳き年にできるように、どうぞよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。
大感謝
Guts