フォトグラファー橋本和典のFOCUS eye
file.9 美しいもの
バングラデシュの首都ダッカで僕はクルマの中、
道路はお決まりの大渋滞。30分で5メートルも動かない。
荷車をつないだ自転車も同じこと、ピクリとも動けない。
僕はこの、ひげもじゃでワインレッドのTシャツを着た
ポップなじいさんが気になって仕方ない。
時々振り返ったときに見える顔もいい感じじゃないか!
シャッターを切ることにした。
僕はクルマの中、窓をあけて静かにカメラを構える。
じっと時を待つ。
そしてその時がきた。
じいさん、クルマの中の暗がりで
自分にカメラを向けている男、すなわち僕に気が付く。
「なんだお前は」「なぜ俺を撮ろうとする」
無言だが圧力を感じる。
たとえは適当ではないが、
サファリパークでクルマの中から野生動物に
カメラを向けているような感じというか。
空気がちょっとやばいかも。
にらみ合いに堪えられなくなった僕は、
カメラを構えたまま、軽く手を挙げ、口元を緩め、
友達リクエストを送った。
この写真が僕のお気に入りになったのは、
このシャッターのあと、
じいさんが僕に一瞬の笑顔をくれたからだ。