#3 生まれ、そして還っていく
長崎県の五島列島に、奈留島という小さな島があります。
海辺には、世界遺産の江上天主堂が静かに佇む、穏やかな入江が続く海の幸豊かな島です。
この地を初めて訪れたのは2022年6月。その前の年に虹の橋を渡ったある家族の遺骨を携えてのことでした。
家族とは、体重32キロのラブラドール・レトリバー。名前をリッツといいます。
彼の2歳〜13歳までの月日を共に過ごしてきた時間は、私には欠かせない存在であり、今日という日に橋渡しをしてくれているのです。その大きな体の中の、米粒にも満たないほどの小さなお骨を持ってやってきたのには、ある理由がありました。
亡くなってちょうど1年が過ぎ散骨を考えはじめた頃、小さなお骨から時をかけて一粒の真珠に生まれ変わるという、真珠葬のことを知ったからです。ある友人が、この1年というタイミングを見計らって、私にそっと教えてくれたのでした。
それは、アコヤガイさんの中にお骨を入れさせていただき、母なる海のゆりかごの中でゆっくりと時を刻むことで骨の周りに真珠層が重なり合い、やがて虹色に輝く真珠となって還ってくるというものでした。
もちろん自然が相手ゆえ、思い描いたような結果が用意されているとは限りません。でも、彼と共に生きた記憶が、長い時をかけて海の中で一粒の真珠に移されていく。その目には見えない時間に強く惹かれたのです。そして、初めて奈留島のこの碧く輝く海を目指すことになったのでした。
2022年、アコヤガイさんに委ねたリッツの小さなお骨は、3年という時を経た2025年4月、七粒の真珠となって還ってきてくれました。それぞれにそれぞれの個性を宿した面持ちで、そこには海の中でたゆとうた時間が、新たな記憶となって写されていました。
「おかえり、リッツ!」
奈留島では、「瞳を閉じて」というユーミンの楽曲が高校の愛唱歌として親しまれています。卒業生を思うその歌詞には、「遠いところへ行った友達に、潮騒の音がもう一度届くように、今 海に流そう」(作詞:荒井由美)とあります。
奈留島の海でたゆとうた記憶を留めた真珠たちは、今、潮騒の声となって私に語りかけてきます。
「海から生まれ、そして海に還っていく。」