由歌利流★満タン人生のススメ「まん丸に笑おう」Episode・11
人と人を繋ぎ、国境さえも超えるには「愛」しかありません。
昔、ユダヤ教徒であるユダヤ人と仕事をしたことがあります。
彼はアメリカ在住、飛ぶ鳥を落とす勢いのトップ・マーケティング・コンサルタントでした。
日本で育った無宗教の私は、ユダヤ教というまったく知識のない信条を持つ人に、どう接したら失礼にならないのか、皆目見当がつきませんでした。
インタビューするためのメール作成をしなければならないのですが、それさえ躊躇していました。
お手上げの私は、日本とスイスのハーフである友人に「ユダヤ教徒である人に、どういうメールを作成したら失礼にならないの?」とSOSメールを出しました。
友からの返信にはこうありました。
「は?! おもしろいこと訊くね。国籍や肌の色、信条は、単なる分類でしょ。同じ人間なのだから考えすぎないこと!」。
あまりにも簡単な返事に肩すかしをくったような気分でしたが、とても大切なことを教えてもらったのです。
人と人を繋ぎ、国境さえも超えるには「愛」しかありません。
愛をベースにした礼節、簡単にいえば、相手がどこの誰であろうとその存在を敬うという姿勢です。
しばらくしてPCに向き合い、あたりまえのビジネスレターを作成し、送信しました。
即座にOKの返信が届き、こちらがお支払いすべきギャラは、「国境のない医師団」へ全額寄付をしてほしいと付け加えられていました。
ここでまた、私は「愛」を学びました。
人はみなヒト科の人間、愛という共通言語で繋がることができる。
必要以上のものは、それを必要とする人に回せばお金が生きる。
たとえ微々たるものであっても、それがどこかの誰かを救うことになるのです。
日本で教育された私は、愛国心どころか、善意の寄付についても学んでいないことに気づかされました。
宗教も国籍も生きるということには無意味です。人として、どう行動するか、どうありたいか。
世界には様々な常識がありますが、それでも人はみなヒト科の人間、色眼鏡を外し、愛という共通言語で繋がることができる。
生きること=愛を知り体現すること、愛がすべての鍵なのです。