
#6 人技(ひとわざ)を尽くす
2023年12月の出来事は、今、思い返しても不思議で仕方がありません。
こんな思いがする時、いつもこの言葉が頭に浮かびます。
「結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味を持つのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である」(星野道夫著『旅する木』より)

それは、12月19日にセットされた映画「Pale Blue Dot 君が微笑めば、」の関係者試写に向けてのことです。限られた時間の中、完成に向け残された現実的な作業と、私の身体に起こる出来事が、希望と諦めとを行ったり来たり、流れに乗るか抗うか、そんな光と影の連続だったように思います。
その一つは、最終的な音の仕上げのためにスタジオ入りする前日、思いもしなかった発熱で作業の断念を迫られた1日がありました。
スタジオとのリモートワークも考えられたのですが、耳だけではなく身体全体で聴く音作りにはリモートはあり得ません。だとすれば、延期すべきか?
でも、猶予はありません。朦朧とする中、考えられるだけの可能性をイメージし、悩み尽くすうちに朝になっていました。
結果、寝落ちしていたのです。気付くと、驚くことに微熱程度に下がり、ベストなコンディションではないにしても不安は消え去っていました。
この日、さまざまな音をミックスしていく作業の只中、クリアな感覚だけが私の身体を動かしてくれているように思えました。

翌日、京都に眠る恩師の墓に参り、その足で天河神社に完成前のご報告に伺いました。
その後、ある撮影のために和歌山県のゆの里で1泊をさせていただくことに。
実はこの時点で、映画の「映像」と「音」が、それぞれのスペシャリストたちの手によって最後の仕上げを施されている最中でした。その完成を、私は別件の撮影をしながら待ち受けている状態。
もうこうなったら、全てを明け渡すしかない、という思いしか見当たらなかったのでしょうか。ただただ自分と向き合うだけの時間が過ぎていきました。

すべてが鎮まった深夜、膨大なデータが刻々と送られてきました。
時間をかけダウンロードされた「映像」と「音」が私のPCの中で初めて一つの作品として交わり、静寂の中、人知れず完成を迎えることとなりました。
その初号を映し出してくれたのは、期せずして「ゆの里アクアフォトミクスラボ」にある大画面のモニターでした。
事情を知ったゆの里の重岡社長が、この時間と場所を明け渡してくれたのです。

翌12月19日、東京・半蔵門にあるプライベートシアターで、出演者を含めた関係者の皆さまに感謝と共にお届けすることが叶いました。
まるで見えない何かに守護されているような「かけがえのない時間」の連続。それは、己の人技を尽くすために与えられた時間だったのかもしれません。







